2011年10月30日日曜日

鎌倉33観音札所巡り(延命寺)



鎌倉第11番札所延命寺

鎌倉駅から若宮大路に出て、JR横須賀線のガードをくぐってすぐの信号を右折。滑川のにかかっている橋を渡った左側に延命寺がある。駅から徒歩5分内外の一角で、ここにこんなお寺があるのかという感じである。

道路脇にある山門の先に本堂があり、左側に庫裡の入り口。ここで、ご朱印をお願い。快く対応していただいた。
本堂の前に扉が30センチほど開いておりここから、奥に安置されている本尊の阿弥陀如来を拝観。本堂内の拝観は事前の予約が必要とのこと。

本尊の阿弥陀如来のほか聖観音、地蔵菩薩が祀られている。本尊「阿弥陀如来像」は、圓應寺の閻魔大王を作ったあまりの木で作られたことから「木あまりの像」、また、予定より早く完成したことから「日あまりの像」と呼ばれている。

地蔵菩薩は別名、身代わり地蔵と言われている。
この謂れは、鎌倉市のホームページによれば 鎌倉時代の執権北条時頼の夫人が建てたと伝えられている運慶作の「地蔵菩薩像」は双六(すごろく)の勝負で旗色の悪かった夫人を救っと言われています。夫人の身代わりとなったことで夫人の守護仏とされている。裸形彫刻で普段は袈裟を纏っている。

当寺は、専蓮社昌誉能公上人(せんれんじゃしょうよ のうこうしょうにん)を開山としている。

また、本堂裏手墓地に「古狸塚」という碑がある。
江戸時代の終わりごろ、この寺に住みついた狸がよく人に慣れており、酒好きな和尚のために酒を買いに行ったりして可愛がられていたといいます。狸が死ぬと葬って碑をたて供養したと伝えられており、狸の墓というのは珍しいものです。
(鎌倉市ホームページより)

【参考資料】
 ◆ 「御朱印でめぐる鎌倉の古寺」(著者:「地球の歩き方」編集室、発行所:ダイヤ
    モンド・ビッグ社)
 ◆ 「鎌倉謎とき散歩」(著者:湯本和夫、発行所:廣済堂出版)
 ◆ 「鎌倉史跡散策」(著者:神谷道倫、発行所:かまくら春秋社)


徒然人(つれづれびと):樋上祐造
  神奈川県横浜市港南区日野9-1-17-208 
  携帯電話:090-8841-9368
  メールアドレス:phm89371@gmail.com

【追伸】
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    http://phm893711.blogspot.com/

2011年10月19日水曜日

鎌倉33観音札所巡り(教恩寺)




鎌倉第12番札所教恩寺

鎌倉駅東口から若宮大路に出て右折。そのまま横須賀線のガードをくぐり大町四つ角交差点で左折。最初の信号を左に入った住宅地の一画にひっそりとたたずんでいる小さなお寺である。

山門の欄間には小さいながら細部まできっちりと彫られた16羅漢が迎えてくれる。

本堂脇の庫裏のインターフォンで御朱印をお願いしたところ住職夫人が快諾。夫人によれば台風12号による塩害の影響で境内のモミジ・イチョウ・マツの葉が枯れてしまい「今年の紅葉はダメになりました」とのこと。
本堂手前にあるモミジは木全体が茶色になっており、葉は縮れて見るも無残な姿となっている。

夫人の案内で本堂に昇殿。正面に本尊の阿弥陀如来像、本尊の右脇侍には聖観世音像が祀られている。
本尊の阿弥陀如来像はおよそ800年前の運慶作と言われ、玉眼を有している。見た目でははっきりわからないが本堂壁に貼られている写真で眼が輝いているのが判る。

なお、この阿弥陀如来像は平清盛の子、平重衡が捕らわれの身となった際、源頼朝が平家一族の冥福を祈るために重衡に与えたものと伝えられている。

当寺は、延宝6年(1678年)、貴誉上人によって当地に移築されたものである。もともとは、光明寺境内に建てられていた同寺の末寺「善昌寺」が廃寺になったのを機に移されたものと聞かれる。

【参考資料】
 ◆ 「御朱印でめぐる鎌倉の古寺」(著者:「地球の歩き方」編集室、発行所:ダイヤ
    モンド・ビッグ社)
 ◆ 「鎌倉謎とき散歩」(著者:湯本和夫、発行所:廣済堂出版)
 ◆ 「鎌倉史跡散策」(著者:神谷道倫、発行所:かまくら春秋社)


徒然人(つれづれびと):樋上祐造
  神奈川県横浜市港南区日野9-1-17-208 
  携帯電話:090-8841-9368
  メールアドレス:phm89371@gmail.com

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